最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)978号 判決 1980年6月16日
上告人(原告)
有元健一
ほか一名
被上告人(被告)
国
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人岩城弘侑の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 木下忠良 栗本一夫 塚本重頼 鹽野宜慶 宮崎梧一)
上告理由
上告代理人岩城弘侑の上告理由
原判決は、「本件事故およびこれに基く有元不二男の死亡は、もつぱら岡本の無謀な本件自動車の運転及び同人の運転技術の未熟並びにこれらに由来する本件窪地に落輪後における本件自動車の運転措置の不適切によるものというべきである。」と認定し、従つて、本件窪地の存在という本件道路の管理の瑕疵と本件事故の発生および有元不二男の死亡との間には法律上相当とする因果関係はないと認めるのが相当であると判断した。
しかし以下に述べるように原判決には、事実認定につき経験則違反、採証法則の違反がある。
従つて、原判決は破棄を免れない。
一 本件事故の発生は不可抗力に基づくものである。
1 岡本孝志が、幌内橋北端から岩内町方面に向つて、追越しのための右側はみ出し運転が禁止されていたにもかかわらず、対向車線を越えて東側車道外側線外の路肩部分にまで侵入して走行している。
しかしその原因は、保冷車を追越中、徐々に保冷車が道路中央部付近に変更してきたためやむなく路肩部分を走行せざるをえなくなつた可能性は十分に考えられる。
2 原判決は、保冷車を追越すことのみに気をとられ高速度のままで路肩に侵入して走行した結果、本件窪地に自車の右側車輪を落輪したのであると認定した。
しかし、本件窪地は、前方を注視したとしても減速し、ハンドルを切つて窪地を避けられるに十分な前方で発見することは困難であり、発見しえたとしても、その時点は窪地の直前であるものと思われる。
すなわち本件窪地の幌内橋側には多少土砂の堆積があつたためもあり、又、岡本孝志の運転中の目の位置は、地上から一・〇五メートルであること、窪地付近には照明がないため午後八時四五分頃という時間から考えるとかなり暗かつたことが推測され以上の状況から考えると岡本孝志が、最大限の前方注視義務を行つたとしても、その発見は窪地の直前にならなければ不可能であつたと思われる。
しかも、その窪地には水が溜まつていたため、窪地の深さを判断することがさまたげられていたこともあり、本件事故を惹起するような危険物を判断するには岡本孝志の車両が、窪地に極く極く直近しなければ到底不可能である。
自動車を運転する場合、道路上の窪地を前方に発見したとしても、その窪地全てに車輪を落輪させないように運転しているものではなく、その窪地の具体的危険性を判断してハンドル操作をするべきか否かを考えていることは経験則上、明らかである。
すなわち危険性がないと判断して、ハンドルを切らず、減速せずに窪地上を車輪が通過することはありうるのである。
3 岡本孝志の事故当時の時速は明らかでないが、かりに時速六〇キロメートルで走行したとして、急制動をとる場合のいわゆる空走時間は、〇・七ないし一秒である。
従つてその空走距離は、一一・六七ないし一六・六七メートルとなるが、本件窪地の特殊性(地表から窪地の水面まで約五ないし八センチメートル)のため、その危険性を右空走距離以前には到底察知しえないものといわざるをえない。
二 以上のような事実から考えるならば、岡本孝志が本件窪地に自車を落輪させたのはまことに止むをえないところであつて、それは原判決が認定しているような無謀運転に由来するものではない。
又、原判決は落輪後における自車の運転措置の不適切を指摘しているが、本件のように何らの予知なく突然出現した危険物に落輪した運転者に対して、適切なハンドル操作・減速措置を要求するのは、神技を求めるに等しいものである。
以上